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毎日、心を込めて生きよう

「いい年をして、何をいまさら」とのご指摘もあろうかと思いますが、年はいくつになっても(今私は40です)可能性があり、心のありようは変えられるのではと私は思います。

よく「35歳を過ぎると、人間は変わらなくなる」と聞きます。例えば求人広告で「35歳まで」と掲載されるのは、30代後半になると、人の意見を謙虚に聞く耳を持ちにくくなり、ゼロからの再出発等、新しい環境への順応性が落ちていくと思われがちだからです。

ですが、私は違う考えを持っています。

自覚を高め、謙虚に変化への対応ができるかは、その人次第と思います。

さて、特に、最近感じます心境は「毎日、心を込めて生きよう」です。

震災や、原発事故で、重すぎる現実に向き合う中で、「何が自分にできるのか」と自らを責めたり、無力感を感じる時期が長く続く事もあると思います。答えがない複雑系の社会。私自身、閉塞感を感じる日々でした。

しかし、だからこそ、「毎日、心を込めて生きよう」。

どんなに苦境でも、前向きに、普段通りに生活をしよう。そして、相手の様子を視て、周囲の様子もよく視て、間(ま)を大切に、思慮を尽くして発言や表現をする。

前向きな心は、成果も生み出しやすいと思います。現場では、雑用も多いですが、前向きな気持ちで向かうと、全体的に良いリズムが出てくる感じがします。

殊に、アナウンサーに限らず、ビジネスパーソンや、コミュニケーションを重視する表現者にとって、声は仕事の上で大切と私は思います。平たく言えば「表現者にとって、声は商売道具である」と私は感じます。

あくまで一般論ですが、例えば、心が入っていない、ぼそぼそと聞き取りずらい声で発言があっても、聞き手は理解したり、共感がしにくいと思います。キンキンとした甲高い声や早口も、人によっては抵抗感を感じると思います。

過去の自他の経験ですが、心が入ると、声が落ち着いてきます。威厳が生まれてくる事もあります。

重要な仕事をしている人は、日本でも、世界でも、落ち着きがあり、威厳のある人が多いと私は思います。

威厳は、その人の深い覚悟の現れと解されます。信頼を克ち得ます。社会を変えるエネルギーを高められると思います。

逆に言えば「威厳なくして、社会を変える事はできるのか」とすら私は思います。

もちろん、ゆるめに、軽めに話したり表現するのも、もちろん一定の起爆力はあると思います。ですが、社会を本質的に変える力には不足し、弱いままと思います。

例えば、ボイストレーニングで声質の落ち着きは得られるかもしれません。しかし見た目だけでは済まないと私は考えます。

問われているのは、日常に向き合う覚悟と思います。

森鴎外は『青年』の中で述べました。

「一体日本人は生きるということを知っているだろうか。小学校の門を潜ってからというものは、一しょう懸命にこの学校時代を駆け抜けようとする。その先きには生活があると思うのである。学校というものを離れて職業にあり附くと、その職業を為し逆げてしまおうとする。その先には生活があると思うのである。そしてその先きには生活はないのである」

心情的には、「今は仮の自分であり、モラトリアムだ」と思いたくなりがちです。実際、あまりにつらすぎる現実には「良禽、樹を選ぶ」で、逃げた方がいい場合もあります。しかし、自分を甘やかしすぎるのは別であり、その時間は帰ってきません。

「毎日、心を込めて生きる」事で、心の充実が増し、そして日々出会う方々と共鳴しやすくなると私は思います。

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