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梅棹忠夫さん死去=「文明の生態史観」で反響−民族学研究の第一人者

つい先ほどのウェブニュースで、民族学者の梅棹忠夫さんがお亡くなりになったそうです。

大学時代、文化人類学が私は大好きでした。梅棹先生のご著書を読んだり、大阪の民族学博物館に行ったりしておりました。

文化人類学で多様性を重んじる視点は、今のNPOや社会起業家の考え方にもつながっているかもしれません。NPO学会でも、民博の研究者の先生方が活躍されています。

謹んで、お悔やみを申し上げます。

(以下、引用です。)

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2010070600369

梅棹忠夫さん死去=「文明の生態史観」で反響−民族学研究の第一人者

 「文明の生態史観」で知られ、初代国立民族学博物館長を務めた民族学者、梅棹忠夫(うめさお・ただお)さんが3日、死去した。90歳だった。京都市出 身。
 1943年京都大理学部卒業後、大阪市立大助教授などを経て、1969年に京都大人文科学研究所教授。大学時代の専攻は動物生態学だった が、後に民族学、比較文明学に転じた。理学博士。世界各地での実地調査やフィールドワークに基づくユニークな文明論を発表し、特に西欧と日本の文明が平行 的に進化したとする「文明の生態史観」は、57年「中央公論」2月号に掲載され、大きな反響を呼んだ。
 世界の文明と民族に関する中核的な研究施 設、国立民族学博物館(大阪府吹田市)の創設にも尽力した。64年に日本民族学会理事となって設立運動に取り組み、74年には初代館長に就任。同館の発展 に大きく貢献し、93年の退任後は顧問を務めていた。
 86年、視神経の病気により失明したが、その後も口述筆記で次々と著作物を発表するなど精 力的に活動を続け、94年に文化勲章を受章した。04年に肺がんなどの手術をし、05年には脳梗塞(こうそく)を患ったが、リハビリを続けて翌年復帰し た。主な著書に「東南アジア紀行」「知的生産の技術」「日本とは何か」「梅棹忠夫著作集」など。

(時事通信 2010年7月6日)

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