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映画『いのちの食べかた』

『いのちの食べかた』を見て、深い衝撃を受けました、という記事を、方々で目にします。 

映画を見終わって、生きる罪悪感さえ感じる、という声もお聞きします。

しかし、筆者は昨年見てきましたが、別の感覚を覚えました。

「これは、農業映画だ。」

環境NPOの方や、エコロジーを実践されている方には、実は、『いのちの食べ方』は、慣れ親しんだ光景であって、農業映画であり、食育映画です。

筆者は、事前の評判から、さぞ大変な映画かと心配して臨みましたが、始まって、日ごろ自分が考えていることが続いていると思ったら、ラストになりました。

映画のラストは、それまでの殺伐とした雰囲気から、見る人を和らげようと、制作者の配慮を感じましたが、現実は、あの先があります。

飲食業界にお勤めの人は、毎日ご覧になっている、膨大な食べ残しの廃棄。 居酒屋、ホテルでのパーティ、レストラン等で、一般的な光景です。

食物連鎖のピラミッドの王者となった人類に、大量のいのちがささげられて、先進国の私たちは生活をしているのですが、映画の中で、懸命に農業生産者が、いのちを食品に変えても、それは、食べ残されて、大量に廃棄され、ゴミ搬送車に運ばれ、焼却され、煙になってしまう。

映画のラストでは、いのちたちが無念に、空に消えていく焼却場の煙を映して、人間がしていることの意味を、たんたんと、映画を見る人に、考えてもらうのが、望ましかったと筆者は思います。 

映画は、良い出来なのですが、農業生産者の段階で、止まっており、消費者まで入ってきていません。 でも、生産者から消費者までつなげて、はじめて、農業映画でなくなり、「いのちのいただき方」の真の意味が、浮き彫りに出来ると筆者は思います。

ですので、「社会の課題」は、本当は、人間の課題なのです。 

社会のせいではないのです。 自らの問題です。

人間が、刹那主義で、持ち崩した、現在の放漫な暮らしから、自らを律して、襟を正すことが、今、将来の世代と、生き物たちから、問われています。

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