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阪神淡路大震災 その後 ~「ボランティア元年」を生きた務め~

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1月17日夕方、兵庫県・芦屋市役所にて、震災12周忌の集いが開かれました。

集まったのは、当時の災害ボランティアが7人ほど。私は、市の職員の方から、葉書で参加依頼を頂きましたが、関西では新聞を通じて呼びかけもあったようです。

上記の写真は、救援物資の倉庫・作業場となった県南高校(当時)の作業場です。

今年の17日に撮影したのですが、偶然工事中で、ブルーシートがあり、当時の雰囲気がまざまざと甦ります。

震災後、初めての芦屋でした。瓦礫の山が連なる、最悪の状況が目に焼きついていたので、

Kobayashi

現在、復興で整備された街並みを見て、実に不思議な感じを覚えました。

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1995年の震災では、「ボランティア元年」と言われました。その後、NPO法が出来ました。

1993年の奥尻震災では「ボランティアは避難所で窃盗をする」という風評が立ちました。

現在ならば「考えられない」と驚かれるのですが、当時は「ボランティア悪玉論」があったのです。

島でいぶかる被災者に「日本はそもそも、萱葺きの葺き替えを村総出で手伝った。それの現代版が、ボランティアです」と、警戒をひも解くように、独自に考えた説明をしながら、私は現地化して、救援物資の配送活動をしていました。

一連の現場に参加してきた人間として、今、本業で社会貢献に経営を導入する仕事をしているのは、「ボランティア元年を生きた人間の務め」と、改めて感じました。

NPO法人数は、年々上昇カーブで、2万8千件とも言われます。しかし、経営なく、モラルなく、アマチュアリズムでよしとしていると、今後「NPO大淘汰の時代」が来る懸念を感じます。
真剣にやっていないと、最終的には、その団体や、メンバーの人生を守れなくなります。

神戸震災の現場のキーパーソンたちの想いが、NPO法を生んだことは間違いないと思います。

でも、これからは、その先へ。

NPO、そして、社会変革を目指す社会起業に、経営を。

それは、奥尻震災、そしてボランティア元年を生きた自分の務めと感じます。

震災ボランティア招き、感謝の会 芦屋市職員有志ら企画

 阪神大震災で兵庫県芦屋市の避難所に救援物資を届け続けたボランティアに、感謝の気持ちを伝える会を17日、同市職員有志が開く。発起人で当時の市災害対策本部物資調達班の担当課長だった礒野(いその)一夫さん(61)は「彼らの力がなければ、あの災害は乗り越えられなかった。12年遅れになったが、会ってお礼を言いたい」と話している。

 芦屋市では震災で444人が死亡し、8700棟を超える建物が全半壊した。各地から届いた大量の救援物資を管理するため、震災翌月から県立芦屋南高校(現国際高校)が保管基地になった。

 全国から集まった延べ約100人のボランティアが同校で寝泊まりし、物資の荷開けや仕分け、市内56カ所の避難所への搬送を担った。長い人は活動が半年にも及んだ。

 礒野さんは一昨年の震災10周年記念式典の担当課長も務めたが、被災者や遺族への対応を優先し、ボランティアの労をねぎらう場を持てなかったことが心残りだった。「ボランティアと我々は強い信頼関係で結ばれていた。一人でも多く、当時の仲間と再会したい」と話す。

 17日午後4時、市役所に集合し、近くの慰霊碑に献花した後、交流会を開く予定。同校で主に避難所への物資配達をしていた人を探しているが、転居で連絡がつかない人も多いという。交通費、参加費は自己負担。問い合わせは同市役所(0797・31・2121)の総務課の瀧川さん。

(朝日新聞 2007年1月12日)

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